夜な夜な黒魔術屋

感想・エッセイ・小説・シナリオ

『苦行』(戯曲風)

(注:未完結)

登場人物

神田 啓(かんだ はじめ)

 主人公。K大演劇部部長兼脚本ライター、古典文芸に造詣が深い故に意識が高いとよく皮肉られるが、本人は「あくまでエンタメ志向の書き手なのでとても困っている」とのこと。後輩の面倒見がよく、部員から厚い信頼を寄せられているなどとしっかり者の一面もあるが、しょっちゅう調子に乗って恩着せがましい発言をしでかすのと思い込みが激しい性格の持ち主なので、嫌われているのではないかと心労のあまりに精神を病んでしまい、最近はひどい人間不信に陥っている。昔の幼馴染から「けいちゃん」と呼ばれていたことは周知のことだが、本人はどうやらその呼び名が気にくわないようで弄りは厳禁。

 

佐々木 裕美(ささき ゆみ)

 啓の同期でK大演劇部部員。素で178センチと、ヒールを履いていれば並みの男性ではまず届かない高身長。分析美学を専攻する身でありながら実技にも長けるクールビューティーと掛け持ちの美術部で前々から話題になっていた。エンタメにさらさら興味がないものの、特に見下しているわけでもないが、無自覚に刺々しい口調での発言が多いため一部の人から敬遠される。「意識高い系(啓)」のジョークを真に受ける啓に呆れつつも「気にしなくていいのでは」と親切のつもりでアドバイスするが、どうも揶揄っているように思われた。演技はまずまず。

 

岩崎 昇治(いわさき しょうじ)

 啓の後輩でK大演劇部部員。脚本ライター志望だが、全くの未経験で一向に相手にされない中、啓にやる気を買われて入部。裕美に好感を抱いているが、自ら積極的にアプローチするほど能動的な人間ではないので、片思いのままでいいと自分に言い聞かせてきた。チャンスを恵んでくれた啓に感謝する一方、裕美とは親しい間柄であるという根も葉もない噂を信じ込んで勝手にライバル視している。

 

本文

〇K大時計台前(夜)

 

 十一月祭が訪れようとするK大では、一日はとても早い。碌々と無為な日々を送る者は一人だにいない。そこらへんに寝転がっている連中でさえ、夢の中では豊かな生を営んでいる。ほら、この日も、自主練に励む二人の青年が夜遅くまでキャンパスライフを堪能している。時計の針が九時を指すところ、静かすぎる辺りを眠りから起こすはアスファルトに響く足音、クスノキの下を部活帰りの二人が通りかかる。

 

  先日提出してもらった脚本、とりあえず一通り読み終わったよ。よくもまぁ、あんなクソ野郎を主人公にしてくれた。さては以前勧めたメリメの短編集はきっちり読んでくれたんだろうね。ここまで影響を受けるとは、君はとんだ物好きだね。

昇治 それを先輩が言うのですか。未経験の素人にいきなりアレを読ませるのは、とことんまで人格が歪んでしまうのではありませんか。

  それだけ強烈な幻覚をメリメが魅せてくれるからよ。フィクションというものは嘘が常にちりばめてあるが、それが現実から目を背けるためのものでなければ、嘘が嘘でも真実とは表裏一体なのさ。それを読まずに生きるのは苦労も知らずに表向きの幸せばかり噛みしめるお坊ちゃまのようなもん、現実そのものに対する冒涜だ。

昇治 流石です。いきなりすごい先輩らしい持論ですね。

  持論、ね。そうかもしれない。でも僕は誰かに自分の信念を押し付けたりはしないよ。僕はただ主張したい、叫びたいんだ。壁に向かって咆哮したところで、ただの騒音でしかないんじゃないか。だから、君がいてくれて本当に助かったよ。

昇治 それはどうもです。

  まぁそれはとして、確かにとんでもない話を書いてくれたけど、まだまだ完成品には程遠いんだ。

昇治 と言いますと?

  嘘がまだ足りない。君、失恋したことがあるのか?

昇治 うーん。あるとも、ないとも……

  らしくもない曖昧な回答だね。それはつまり、片思いといったところかーーその話に深入りするのはやめておこう。君が書いたクズ野郎の失恋話は、どっかにありそうな、まっぴら御免の真実で埋め尽くされたそれっぽいやつだ。それもまぁ結構なクオリティー。しかし、趣味でつけてる日記程度ならともかく、本物のエンタメとしてはせいぜい三流。幕が閉じれば感情の振り子までぴったり止まってしまう、そんな高級おもちゃもどきの機械仕掛けの世界じゃあ物足りないんだ。狂気というのは、もっとあからさまな、真っ赤な嘘だ。理解が追い付かないのに、納得行かないのに、頭から払いのけない恋のような存在さ。君の主人公は最初から最後まで狂気と謳うに行動原理が分かりやす過ぎたんだ。狂人なんかじゃない。強いていうなら、モラルのなってないバカだ。こんなものを作品として出したらコンセプト詐欺どころの騒ぎじゃない。詐欺が詐欺でも上手いことまとめてくれりゃある意味上等だけど、君は誰かの真似をしようとして迷走しているだけだーー書き手として、それは本来ならば死守せねばならぬ最後の砦なのに。

昇治 あはは、先輩は本当に容赦ないですね……

  僕はあくまで真剣だからね。でもそう落ち込むなよ、着眼点は悪くない。とりあえずメリメの小説は一旦忘れよう。君は正直者だからあいつとは合わないみたいんだ。まぁ今年の十一月祭は諦めることね、今から書き直したって絶対間に合わないから。

昇治 はい、精進します。では今年は一観客としてーー

啓  待って。実はちょうど役者が一人足りないところなので、君さえよければやってみたらどうだい?

昇治 役者を、私が?

  そうさ。極論を言えば、演劇は役者さえいれば成立するものだ。一度舞台に立ってみないと見えてこない景色だってある。君のライターキャリアにとってもいい経験だ。

昇治 そういえば、先輩はいつも自ら主演を務めると聞きました。そういう理由があったのですね。

  僕の場合は別にそんな深い理由じゃないよ。部長たる権威を笠に着て好き勝手にやらせてもらってるだけ。気晴らし、それに尽きる。

昇治 はぁ、それもまた達者の領域なのでしょうか。私にはまだ遠すぎます。ちなみに、どういう配役なんです?

  『フラタニティ』の脚本を読んだ?

昇治 先月完成した新作ですね。それなら読みました。

  なら話が早いんだ。君には第三幕で主人公に侯爵の銃を安売りした商人を演じてもらいたいんだ。

昇治 なるほど……って、それ割と重要な役だったりしません?

  だからこそ、だ。出番もセリフも少ないものの、物語の方向を決定づけるキーパーソン。経験の浅い新人にもってこいのビッグチャンスじゃないか。ぐずぐずいつまでもどうしようもない端役やっていられないよ。

昇治 ぐずぐずも何も、私はじめてなんですが。

  でも大学生でいられるのもせいぜい数年間。来年こそ、なんて呑気に言ってる場合じゃないだろう?

昇治 それもそうですね。

  まぁ君が嫌だというのなら、無理強いはしないさ。

昇治 とんでもないです。嫌というわけではないが、ただ、私のような右も左も分からない素人なんかより幾らでも適正な人選がいるのではありませんかと。

  謙虚だね。謙虚は美徳だけど、悪徳でもある。僕は謙虚な人が嫌いだーー君はとても好きだけど。

昇治 というよりは、恐れ多いです。

  ふむ。恐れ多いのはいいことだ。いつも敬虔な姿勢で臨み慎重に振る舞うのは君の取り柄でもあるが、たまには後先考えずに売られた恩を素直に買ってもいいんじゃないか。世の中は罠だらけだけど、せめて作者本人である僕が指名するからにはもう少し信用してほしいところだ。ちゃんと責任を持って最後までサポートするから。

昇治 ああ……参りました。先輩がそこまで言うなら、私もいよいよ断る理由が無くなりましたね。本当に抜け目のない人です。

  注文の多い後輩なんで、用意周到でなくちゃな。

昇治 ははは、先輩ほどではありませんよ。そうですね……どこまで出来るか分かりませんが、精一杯頑張ってみますので、改めて、ぜひお願いしたいと思います。

  よろしい。でも僕たちの間柄だからそんなに畏まる必要はない。早速明日の練習に来てもらおうか。午後三時、場所はいつもの部室だ。

昇治 相変わらず先輩って気が早いですね。分かりました、では明日の午後三時にお邪魔します。

  ゆとりなど僕の人生には不要。生き急がなきゃ死ぬも同然。まぁ新しい脚本が出来上がったらいつでも持ってくるといいさ。僕は君の頼れる仲間だ。ではではこれで、明日は楽しみだ。

 

 さらばと啓が手を振りながら軽快な足取りで去っていく。それに反応するように、昇治も逆方向へと踏み出す。彼らの帰り道はそれぞれ、定めしこれから歩む道もめいめい違うだろうと知る。人気のなくなった時計台前に、ただ澄み切った秋の月光が静寂に降り注ぐのみ。今宵もクスノキが意気揚々とした青年たちを暖かく見守る。なんと平和、なんと素晴らしい、なんと物語の幕開きに宜しい一日。

 

//暗転→明転

 

◯K大演劇部・部室

 

 放任主義と名高いK大でも、演劇部ほど残念な団体はそうそう見つからない。元はと言えば、これも演劇が持つ奇天烈な性格ゆえである。大袈裟な振る舞い、ねっとりした喋り方、気取った声の抑揚、いかにも不気味の三乗といったところをいかにして美化するか問われるは舞台と表裏に踊る者共の手練手管、並の健常者が軽い気持ちで制御できるものではない。にもかかわらずとりわけ怪奇な趣味の持ち主でもなければ常識の逸脱もきたしておらぬ、ごく平均的なモラルレベルに甘んじている部員が多数在籍するK大演劇部の実力が果たして如何程のものかについて、ことさら言うことはないだろう。

 ただし一人の男を除いては、だ。神田啓という男は、それはそれは上手に狂っている。エンタメに対する異常なほどの執着が、彼の歪な表現欲から虚言を弄する余計な才能を開花させてしまった。くれぐれも勘違いしないで頂きたいが、舞台にさえ上がらなければ、神田啓はこよなく誠実な人間である。この間も隣県で買い物した時に店員のミスで一枚だけ多く受け渡された十円玉の釣り銭を、わざわざ往復に数時間をかけて返しに行ったとか、とても正気の沙汰とは思えないほどに己が信ずる正しさの貫徹に腐心する。しかし、それが舞台に立った途端、まるで別人にでもなったかのように、平気で嘘を吐いたり裏切りを働いたりするようになる。もっとも、そのギャップについて聞かれるといつも「そういう役だから」と彼は決まって言い訳するのだが。

 

(続く)