夜な夜な黒魔術屋

感想・エッセイ・小説

『もののあはれは彩の頃。』感想

 きっかけはこの前『もののあはれは彩の頃。』の聖地巡礼の話を持ち掛けられたことだろうか。いやまあ、話を持ち掛けられたというよりは厚かましくグイグイと食いついたと言った方が正確かもしれないが、ともあれ、約三年ぶりに本作を収納ケースから掘り起こし、嬉々として巡礼の予習に取り組むと、気づいたらこの感想記事を書き始めた自分がいる。冬茜トム氏の作品は本作とアメグレしか触っていないのでもとよりこういう作風だったか定かではないが、ずばりと要点を突くようなピリッと引き締まった会話文に三人称の語り手がどこまでも冷静な口調で淡々と補足説明を加えるようなテキスト構成は大変読み心地が良く好感が持てる。要所要所で重点だけを抑える一文字さえ惜しむ姿勢には脱帽。

 また、音楽は澄み切ったのびやかさを基調としつつ、どこか微かに香る魅惑的な哀愁を漂わせ、緩急のある変化に富んだものが多く、秋の京の淡泊で怪奇な美景を彷彿とさせ、実に「もののあはれ」に恥じぬクォリティーである。コンセプトである双六ゲームの部分に関しても、目まぐるしい局面や形勢の変化と緊張感にあふれた駆け引きは言うまでもなく大いに見どころがあるが、自分がすっかり京都に馴染んだ故か、すごろくの遊戯盤に落とし込まれた見慣れた景色の別様な風情も格段に魅力的に感じられた。もはや京都を楽しむ作品でもあろう。

 以下はネタバレありの長文感想。

 

世界観・キャラ設定の一部がかなり強引だがそれすら色褪せさせるほど鮮烈な印象を残す双六頭脳戦

 ご都合主義といわれたくないのは物書きの性だろうか。そういう意味では、冬茜トム氏は極めて異色な書き手と言える。これでもかというほど都合のいい方向に物語が転んで行くーー物部という人物の登場、現実世界でのクレアの自殺、緑マス以外で記憶を取り戻すタイミング、最後の最後でカラスを強制退場させるクナドの行動原理等々ーーが、隠すどころかむしろ堂々とその「弱点」を晒しておきながら黙々と己が決めた物語を綴っていく。故に一見して問題だらけなのに依然として高評価を得て数多の読み手を喜ばせることができた本作は、氏の実力を物語っているとも言えよう。機械仕掛けの神の助けを借りるような展開を悉く龍脈(トゥルー)ルートに集中させ、そのボリュームを削ることで、強引な設定への読み手の嫌悪感を最小限に抑えつつ、氏は心のまにまにストーリーを語ることができた。永沈エンドを除けば、どのルートも苦戦の末に主人公陣営があがる結末だが、第弐面の地図が異なるのみならず、対戦ルール、手を組む味方、主立ったライバルおよび勝ち方まで工夫されており、かなり丁寧に作られている印象を受ける。

西院(スタンダード)

f:id:sirakumo_jabberwocky:20200727214504p:plain

※嵐山(レア)

f:id:sirakumo_jabberwocky:20200727214526p:plain

西院(レア)

f:id:sirakumo_jabberwocky:20200727214730p:plain

  西院(スタンダード)では幼馴染四人組で鹿野に立ち向かい、嵐山では琥珀と手を組み黎を打ち負かし、西院(レア)ではクレアと協力しカラスを撃破すると、参加者全員が一回ずつ活躍する無駄のないシナリオ構成となっている。また、ヒロイン四人のうち唯一走馬灯世界で主人公と結ばれなかった京楓だけはどのルートにおいても最後まで生き残ったので、些かなりとも慰めにはなったかと思われる。まあ本音を言えば京楓といちゃいちゃしながら双六ゲームを攻略するルートも欲しかったが、全員が一回ずつ活躍するという上記三ルートの構成に鑑み、また彼女が脳筋であることを考慮すると、仕方のない決断かもしれない。幸い短いながらも現実世界で結ばれるエンドが用意されているのがせめての救い。

f:id:sirakumo_jabberwocky:20200728080057p:plain

こんなこと言われたら余計に意識しちゃうじゃん…かわいいやつめ

 個人的にとても満足に思ったのは、上記三ルートのどれも逆転の仕掛けがありながら逆転までのシナリオだけでも十分に楽しめる出来であること。九人縁陣の結成を目指すも、サイコロ一振りで鹿野に先を越されあっけなく砕け散る理想と現実の齟齬に苦悩する四人の姿を描く西院(スタンダード)ルート、三人称ナレーションを最大限に活かし、ハラハラする裏切り者探しの心理戦の成り行きを各キャラ視点で追い、ギリギリまで選択肢を絞りながら最後まで答えを隠し通す嵐山ルートーー前者は全員でのあがりを、後者はみさきの自己犠牲により獅子全員でのあがりを可能とするルールであるにも関わらず、非協力的なライバルと不都合な展開によって最善の解答から遠のいていく。全員が協力すれば誰もが得するが一人一人のプレイヤーにとって裏切ることが最適解となる、そんな「囚人のジレンマ」要素が、運と戦術が問われるこの双六頭脳戦をより一層面白いものにした。対照的にルール上複数プレイヤーでの同時あがりがーー位置を入れ替える宿命をうまく使えば、互いにリーチの状態で互いのマスを踏めば領地交換による同時あがりが可能だがーー困難極まりない西院(レア)ルートに関しては、ジレンマ要素こそが少ないものの、狡猾なカラスのトリッキーな動きによって予想の斜め上を行く展開が次々と訪れ、想像を裏切られるスリルの快感が堪らない。このように、クライマックスの逆転までの物語もただの繋ぎではなく、かなり濃厚な内容が詰まっているので、一度プレイを始めると終わるまでなかなか止められない。また、肝心な逆転も双六のルールに則った無理のない手法で行われており、どれも納得のいくもので、なるほどと頷ける。中でも絶望的な形勢からの琥珀の戒を利用した一発逆転が最も印象的。クレアと位置を入れ替える無限ループもかなりの神プレイだが、分かりやすいので琥珀の戒ほどインパクトが大きくなかった。まあ琥珀の能力がずるいという声もあるだろうが、そもそも視点詐欺が存在する時点で読み手にとってフェアーな語り手ではないので気にするほどでもないと思う。

※嵐山ルートみさきの行動が合理的ではないという意見に関して(おまけ)

 話が逸れるが、嵐山ルートでのみさきの言動について皆さんはどう考えているだろうか。暁と琥珀を救いたいなら彼らに自分の正体を告げればいいということに、頭の切れたみさきが気づかないわけがないだろうと、一度は思ったことがないだろうか。そもそもルール自体は幾らでも解釈のしようがあり、非常にあいまいなものなので、無言のまま自害するという行為はむしろ二人を危険に晒すことになりかねない。それに、自分以外の全員を救いたかったとしても、あらかじめ暁と琥珀に自分の正体を知らせておくに越したことはないはずだ。そう考えると、確かにみさきの言動に不自然な部分があると言わざるを得ない。

 ただ、幾らでも解釈のしようがあるのでそこまで大した問題ではないと個人的に思う。まず考えられるのは、カミングアウトのタイミングがなかった説。自害する前にカミングアウトすると、暁と琥珀に何かしらの形で妨害されることが考えられるため、おそらく彼女は息絶える直前のタイミングを狙っていたが、とても遺言を残せそうな死に方ではないのが彼女の想定外だったのかもしれない。次に、カミングアウトのことを考える前に食われた説も候補に挙げられる。クナドは「虫が念じた人が食われる」と言ったが、どのタイミングで食われるかまでは教えてくれなかった。決心がつくや否や成立する縁陣と同じ仕様で、心の中で念じたとたん死刑が執行されるとしたら、自己犠牲の決意を固めた瞬間に(カミングアウトのタイミングを考える猶予すら与えられていない)みさきが退場してしまうので、特に矛盾はないと思われる。

f:id:sirakumo_jabberwocky:20200728131234p:plain

そして最も有力なのは、非協力的なプレイヤーがいる可能性を危惧した説。確かに獅子全員でのあがりを目指すなら、普通はカミングアウトした方がいいかもしれない。しかしそうすると、もし早い巡目に合縁の持ち主であるクレアを含む複数のプレイヤーと同じマスに止まってしまい、その中に非協力的なプレイヤーがいるなら、虫の正体を読まれ先を越される危険がある。だからみさきは獅子全員でのあがりを願いつつ、最悪でも暁と琥珀だけが勝ち抜くコースを用意すべく、カミングアウトせずに自害した。これが最善の一手かどうかは別として、いや、恐らく本人もリスクを承知したうえでの選択だろうが、良くも悪くもみさきらしいなと思う。

 三つ目の仮説は暁のセリフと合致しているので可能性としては高いが、暁が推理を外し、みさきがたまたまカミングアウトできずに退場した状況も考えられる。ただまあ実際の事情はどうあれ、みさきの行動が最善でないにせよそこまで不可解ではないという結論はおおむね信用できるだろう。 

 

あくまで双六がメインだが魅力的なキャラクターと程よい塩梅の恋愛要素がスパイスを効かせる

 先ほども言及したように、この作品はあくまで双六が本体なのだ。ただ、魅力的なキャラクターが非常に多く、文句なしのキャラゲーでもある。ヒロイン四人とも個性的で作為を感じない性格なので、とても好感が持てる。何よりかわいい。縁をテーマにしただけに、主人公をちゃんと見ているし、これは惚れても仕方ないなと頷ける。恋愛に消極的な人間だけど、久々にエロゲの主人公がうらやましい。こんなかわいい娘四人を順位づけするのはとても心苦しいが、強いて言うなら「京楓みさきクレア琥珀」だろうか。続いてサブの女性キャラだが、クナドは出番が少ないのもあって正直あまり印象に残っていないが、鹿野縁は忘れそうにないキャラだ。貧弱な体に釣り合わない嗜虐的な狂気の顔は今作の一見どころでもあるし、セリフに緩急をつけたり、声が大きくなったり小っちゃくなったりすると、おそらく作品の中で群を抜いて一番きつい演出を強いられるキャラだろうに、声優さんが完璧に乗りこなせているのは本当にお見事の一言。やや性格に難があり、少しやりすぎ感こそあれど、とても面白いキャラだった。

 今度は男性陣に目を移すとしよう。主人公が女性とつるむことが多いため、カラス以外の男性キャラは女性陣ほど存在感が強くないが、三人称視点のおかげでどのキャラもそれなりに活躍を見せている。まずは主人公、彼の良さはみさきの告白に尽きるので、引用させてもらう。

f:id:sirakumo_jabberwocky:20200729083116p:plain

f:id:sirakumo_jabberwocky:20200729083139p:plain

f:id:sirakumo_jabberwocky:20200729083203p:plain

暁の「ラッキー」は自慢というよりは自分と仲間に言い聞かせる一種の精神安定剤なので、そんな健気な彼がとても好きだ(あとみさきも良い彼女すぎて泣ける)。次はカラスだけど、関西弁が良い味を出しているのと性格の悪さとが相まって濃いキャラだった。いや、九人のうち七人も京都出身なのに、カラス一人しか関西弁を喋らないのはどう考えてもおかしいだろう…というツッコミは声優さんの人選的に仕方ないので置いといて、ずる賢くて冷酷でありながら人間らしい複雑な一面も持ち合わせるカラスはいい意味で予想を裏切ってくれた一人だ。欲を言えば、最後の最後には退場させるのではなく、利益のために共通の敵である物部に立ち向かってほしかった。それに、チャットルーム四人衆の一件にも何かしらの形でけりをつけてほしかった。やはりクレアたちとは長い付き合いなので、ハブられちゃうのはあまりに可哀そうすぎる。大誠はここぞという時に物語の展開を引っ張る便利なキャラという位置づけで、謂わば物語のメインの焦点ではないが、最終的に重要なピースを埋めてくれるのみならず、それぞれに山場まで用意されており、決して隅に置けない脇役である。最後に、ラスボスの物部先生に関しては、登場人物扱いするよりデウス・エクス・マキナのような存在と考えた方がしっくりくるかもしれない。ご都合主義だけど彼が登場するのは最終盤なので、そこまで気にすることはないだろう。

 全編を通して恋愛要素が濃すぎず薄すぎず程よい塩梅だと感じる。いちゃつくシーンこそ少ないものの、一つ一つが濃厚でキュンと来る。西院(レア)ルートは長い分人によっては少し中だるみもするかもしれないが、毎回のごとく完璧なタイミングでクレアといい雰囲気になるので最後まで飽きずにプレイできる。

 

まとめ

  かわいい、面白い、だれない、良作三拍子に加えて絵も音楽も素敵。あと細かいけど怪談、伝説、和歌等々いかにも京都らしい要素がたくさん詰め込まれている作りだが、いちいち書くと長ったらしいので割愛。一度京都に足を運んで頂けたら、本作をより楽しめるかもしれない。ご都合主義によっぽど厳しい人でなければ、高評価は必至。

 

評価

(あくまで個人的な好みを点数化したもので、良し悪しの評価ではない)

・シナリオ&テキスト(28/35点):

   *西院(スタンダード)ルール:8.75/10点

   *嵐山ルート:8.75/10点

   *西院(レア)ルート:8.75/10点

   *龍脈(トゥルー)ルート:1.75/5点

・キャラ(30/35点):

   *東雲 暁(主人公):3.75/4点

   *野々宮 京楓:4/4点

   *鬼無水 みさき:4/4点

   *クレア・コートニー・クレア:3.75/4点

   *琥珀:3.5/4点

   *首藤 大誠:2.25/3点

   *鹿乃 縁:2.5/3点

   *カラス:3/3点

   *榊 黎:2.25/3点

   *クナド:0.75/1.5点

   *物部 総司:0.25/1.5点

・音楽&ボイス:14/15点

・絵&演出:14/15点

・合計:86/100点