夜な夜な黒魔術屋

貪欲、満ち足りぬ

『夏夢夜話』のすゝめ 其の壱

 『夏夢夜話』というゲーム、ご存知だろうか。一般向けの世界しか知らなかったかつての自分にとって、ノベルゲームといえばKIDだった(何せ、十八禁のゲームに手を出せる年齢ではなかったので)。唯心論を軸に埋め込んだ頽廃的な世界観に淡々とした語り口を武器にして、超現実的なファンタジーっぽさと近未来的要素が程よく入り混じ、加えてどこまでも郷愁を誘う憂鬱感と裏腹の人生に対する一種の諦念が漂うような、正に現実と幻想を自由に往来する正反対の性格を兼ね備える独特な雰囲気を一身に纏ったメーカーさんだった…と言っても、誇張しているようにしか聞こえないよな。確かに自分の中でKIDを過大評価しているところがあるのは否めないが、それだけ少年時代の自分の心を大きく揺さぶったメーカーさんだ。残念ながら私自身はリアルタイムでKIDブームを経験できず、はじめて出逢った頃には既に倒産していた。そんなKIDさんの数多の名作の中でも、自分に多大な影響を与えてくれた作品を数作ほどあげるとしたら、かの『My Merry May with Be』と『Ever17』に並んで候補の最上位に食い込でくるのがこの『夏夢夜話』だ。f:id:sirakumo_jabberwocky:20200711151749j:imagef:id:sirakumo_jabberwocky:20200711151754j:image

 パッケージを手に取ってみると、ジャケットの表側に描かれているヒロイン二人の睦まじげな様子が視界に飛び込む。その右下に簡素なロゴが印字されており、ロゴの真下に「Kindle Imagine Develop」という英文が綴られている。今更だけど、KIDって本当にいい名前だなと改めて思った。いや、あの頃の少年に比べて少しばかり大人になった今だからこそ、こういう風に感懐できただろうか。続いて裏返してみると、『博士の不思議な時計』と題する古本を背景にして、今度は少しいがみ合っているようにも見える(小鳥の方はどちらといえば驚いた表情だが)やや疎遠な関係にある二人の構図となっている。さらに後ろに不気味な仮面をかぶったペルソナとそれを取り囲むように色褪せたフェルネラント(お伽噺の世界)の住民たちが並んでおり、右には「偽りの心…くりかえす想い」というキャッチコピーの一文が載せてある。あまりにもシンプルすぎるデザインで、2003年作という時代背景を差し引いても尚お世辞にも上手とは言い難いグラフィックなどと、第一印象が悪いかと思われるが、何故か見ているととても落ち着けて愛着が湧く。

 話のあらすじは二枚目の写真を見ていただければ概ね分かると思うがーーちなみに、左の子は氷室涼子、右の子は夏目小鳥というーー絵本の、お伽噺の世界と主人公たちが生きる現実世界がごちゃごちゃになるという世界観である。また、タイトルからも分かるように、夏の夢で夜のお話ということで、現実世界よりもお伽噺の世界に重点を置く構成となっている。その関係上、ヒロイン二人の登場シーンは序盤を除いてさほど多くないが、フェルネラントの住民は皆キャラが濃いので退屈することはないだろう。主人公の怜二くんがヒロイン二人のどちらかをデートに誘うといういかにもわかりやすい選択肢で話が分岐していく流れだが、ループして両方読まされるため、実質順番が前後するだけの一本道ーーエンディングこそ好感度によって変わるものの。シナリオを執筆された方は二人とも有名なライターさんで、涼子編は水無神知宏氏、小鳥編は田中ロミオ氏の手によるものだと言われている。この二人に関する裏話には結構面白いものが多い。例えば水無神知宏氏は「小娘系キャラ」が苦手という理由でほとんどの年下系萌えキャラを田中ロミオ氏に押し付けたとか、あれこれと色んなハプニングがあったのであろう頗る面白いコンビネーションであることが伺える。『夏夢夜話 設定解説ファンブック』にはこの二人に関するもっと詳しい記述が載っているが、正直に言うとコスパがあまり良くないので余程このゲームが好きな人でないとおすすめはできない…が、逆に言えば本作のファンなら十分に買う価値があるので、迷うならゲームを先にプレイすることを強く推奨する。

 まあ余談はさておき、このゲームの魅力をざっと紹介していこう。

 

格調の高い文体で癖こそあるもののある意味で万人受けすると言えるシナリオ構成

 フェルネラントの住民を一人一人解剖していくようなシナリオ構成なので、ある意味で群像劇とも捉えられる。一個一個のエピソードが象徴的で面白く、「死」・「孤独」・「絶望」といった難解なテーマを掘り下げながら、物語の全体像は「孤独」と「寂しさ」に敗れそうなヒロインを主人公が助けるというわかりやすい構図を取っており、個々のエピソードの意味がわからなくても楽しめるため、ある意味で万人受けする作品と言える。また、お伽噺の体裁で子供でも楽しめるストーリーでありながら、文章の格調がそれなりに高く読み応えがあるのも高評価。全体的なイメージとして、小鳥編は話が丁寧に作られており流れが追いやすいのに対して、涼子編は個々のエピソードに力を入れており記憶に残るシーンが多いという印象を受ける。個人的に涼子編のアルルカンとエイハブのエピソードが好きでついに語りたくなっちゃうが、この辺は次回の記事でじっくりお話したいので一旦保留する。ただまあ、涼子編と小鳥編のどちらも三章からなる一気呵成の気魄がこもった大変魅力的なお話であって、こうやって両者を比べるのは決して甲乙つけたいわけでは無いことだけは言っておこう。

 

萌えと非萌えの歪な共演、邪道の予定調和

 先程も言及したように、「小娘系キャラ」が苦手だという水無神氏がほとんどの年下系萌えキャラを田中氏に押し付けた(笑)ため、涼子編と小鳥編とでキャラクターの偏りがかなり酷くーーまあ、この「酷い」は褒め言葉でもあるがーー概ね萌えの小鳥編と非萌えの涼子篇と考えて宜しい。シルフィードのような例外も存在するが、涼子篇に登場するキャラクターの大半は萌え要素が見当たらない類である。対して小鳥編に登場するアリス、レミ、シャルといったメインキャラクターは言うまでもなく、脇役であるジゼルや魔導書たちから相手に合わせて男にも女にもなれるクリスまで、こういうの好きだろうと言わんばかりにオタクのフェチを刺激してくる。単純に考えるとこの両者は相容れない最悪な組み合わせだが、「現実」と「幻想」の境目であるフェルネラントにおいて、このような禁忌のコンボでさえ予定調和のように見える。一風変わった「萌え」を楽しめる作品と言える。ちなみにどうでもいいけど私はアリスが好きだ。

 

変わらぬ「面白いノベルゲームとは」の問いかけに対するもう一つの答え

 ノベルゲーマーなら皆経験したことあるだろうが、面白いと思ったゲームをいざ数ヶ月ぶりに振り返ってみると、あれどんな話だっけと、物語のクライマックスの部分ーー抑圧されてきた主人公の感情が噴き出るシーンだったり、鳥肌が立つような逆転あるいは伏線回収だったりーーしか覚えていないことが多々ある。まあ人間の記憶力には限度があるので仕方あるまい。それに、クライマックスのシーンがきちんと用意してあって、しかもそれがちゃんと物語の最高潮であることは、ストーリーが丁寧に作り込まれている証拠でもあるので、上記の問いかけに対する一つの王道の答えであることは間違いない。しかし『夏夢夜話』は我々にもう一つの道を提示してくれた。クライマックスの盛り上がりも心を震わせるような展開もなければ、これといった逆転や伏線回収もないし、そのうえ感動的とも衝撃的とも言い難いストーリーとなんとも言えない絵、こんな一見して貧弱そうなスペックで、他の有名作と比べて遜色ない、ないしはそれら以上の面白さを魅せてくれた。その魅力はナイポール氏の処女作である『ミゲル・ストリート』に通じるところがあるように思われる。奇跡の大陸フェルネラント、部外者からすると何の苦痛もなく幸せに生きているように見える大陸の住民たち。そんな幸せの仮象のもとで一生懸命に生きている彼らのふとした気づきで生じた底なしの絶望を、我々読み手は傍観者として主人公と共に覗くことになる。しかし、あくまで冷静に、どこまでも他人行儀で、彼らの少し切ない願いに耳を傾ける振りをする。そして物語の姿を求めるべく、忽ち再び無尽の暗闇の中へと消えていく。とうとうその姿を追っかけて、たった一筋の光が差し込んだ場所へと辿り着いた瞬間、物語が悄然として去ってゆき、ただ我々読み手だけが取り残され、呆然とフェルネラントの世界に立ち尽くす。一体何がそんなに自分を惹きつけているかわからないまま、一気に最後まで読んでしまう。急いで振り返ると、でたらめな話ばかりで、どうも現実味がなく、三流の手品師に騙された気分になるが、少し時間を置いてから振り返ってみたら、今度は一つ一つのエピソードが何故かちょっとずつ浮き彫りになってきて、現実味を帯びてくるーーそんな読書体験をさせてくれる読み物だと思う。まあ見ての通り低予算の荒削りな作品ではあるが、この神秘的体験は本物だと保証する。ワンパターンの面白さに飽きてきた人には、ぜひ本作をプレイして、この不思議な気持ちを実感していただきたい(個人差あり)。

 

 長くて申し訳ない。一回目はこれで終わりにしたいと思う。次回は涼子編、三回目は小鳥編という予定なのでよかったらそちらも合わせて読んでいただけたらなと。では。

 

フェルネラントへの案内

①PS2:アマゾンで6000円前後で中古品が入手できる。

②『夏夢夜話』ソフト本体:同じくアマゾンで100円程度で中古品が入手できる(新品は多分見つからない)。

③PS2用メモリーカード:中古PS2を購入すると付いてくることがある。ない場合はヤフオクや駿河屋とかで漁ってみるといいかも。安いやつはだいたい500円前後。

④PS2専用HDMI接続コネクター:テレビで遊ぶなら必要ないが、モニターにつないで遊びたい場合は必須。2000円前後。

 全部で9000円前後はかかるかな。およそ新作一本の値段なのでかなりの出費になるが、それだけの価値があると思うので興味があったらぜひ検討してみてください。