夜な夜な黒魔術屋

貪欲、満ち足りぬ

『ATRI-My Dear Moments』感想

 終わってみれば筋書きがしっかりしているゲームだった。あらすじだけ読んで面白いと思うかって聞かれたら面白そうと私は答えるだろうが、書き手がそのプロットをうまいことに読み手を魅了するシナリオに仕上げられなかった気がしてならない。決して文章や世界観の粗を指摘したいわけではない。が、正直に言うと、これといった個性を持ち合わせるキャラもいなければ、無駄な会話描写も多く、途中までは読んでいて苦痛だった。まあ合わなかったって一言でも片付けられるけど、あまりにも無責任なので安易に言いたくなかった。

 一方、グラフィックや音楽に関しては特にいちゃもんをつけたいところもなく、この夏にぴったりな清涼感のある雰囲気が好みなら文句なしの高評価であろう。このゲームに何を求めるかで意見が大きく別れそう。テキストに拘りがないし、キャラがそこそこ可愛く、話がそこそこ面白ければいいという人なら楽しめるのではないか。

 以下はネタバレ前提の長文感想。

 

「期待」の起に「冗長」の承、「会心」の転に「無難」の結、「堅実」のプロットに「散漫」のシナリオ、対照的で一喜一憂

 物語の出だしは良かった。オープニングまで小一時間と束の間だけれど、かなり期待出来そうな内容だった。なぜ主人公は祖母の船に身を寄せるか、謎の借金取りの女とはどういう繋がりかといった疑問を抱えながら読み手は読み進んでいくだろう。

 しかしワクワクした序盤が過ぎて日常シーンに入ると、蛇足の会話描写が明らかに増えてくる。キャラの「癖」を魅せようと書き手が努力しているのがスクリーン越しに凄く伝わってきたが、同じくだりを繰り返す会話が退屈に感じた。特に、個人差はあるだろうが、最初こそ可愛げのあるアトリの「高性能( *`ω´) ドヤァ」も回数が重なるにつれて飛ばしたくなるくらい。本作に限らずこういう書き手と読み手のすれ違いはよくあることだけど、短いだけに尚更目立つ。

 さて、サブキャラも一通り顔見せたし、序盤の見せ場である発電機イベントもそろそろ終わるところだし、主人公とアトリも恋人同士の契りを結んだし、いよいよ物語もここから佳境に入ろうとするが、ここで一つの爆弾が投下されてしまうわけだ。アトリが寝落ちしたのをいいことに主人公が彼女のメモ(日記のようなものと考えてください)をこっそり覗くことにした。行為そのものの是非は本作のテーマではないので省くが、まあ所謂自業自得ってやつだ。ここで主人公はアトリの行動はデータ学習によって得られた無機質なものだとはじめてわかる、いや勘違いしてしまうと言うべきだろうかーーいずれにせよ初恋が叶った幸せの絶頂から忽ち疑心暗鬼の深淵へと転落していくきっかけとなる出来事だった。この「認知の歪み」は正に悲劇の開幕に相応しい逆転の一手と言える。前触れもないあまりにも突然のこの異変が物語の調律を妙なる方向へと変え、誰もが一瞬にして目が覚めておおお!ってなるだろう。定番の展開ではあるが、アトリが寝落ちしたというタイミングもよかったし、さり気なく覗くというシチュエーションも作為的と感じないチョイスなので、驚きと合理性を兼ね備えたいい逆転だと思われる。欠点をあげるとしたらやはりメモという不可解な存在が少し気になるといったところだろうか。ただ全体的に見ると、ここの逆転はかなり会心の出来だろう。ここから物語が一気に加速し始め、テンポの悪さもだいぶ改善され、前半に比べてかなり流暢にストーリーが進行し、快適な時間が続く。しかし、終わり方が少し安直というか、無難すぎると感じる。まあ、無難に「めでたしめでたし」で終わるおとぎ話もそれはそれでいいという意見はご尤もだけど。

 まとめると、まあなんだかんだ言って終わってみれば悪くなかったという感想だった。失意に陥りアカデミーから町へ逃げる主人公、祖母の遺産を売ろうとして偶々見つけた人型ロボット、アカデミーで学んだ知識を活かし町の人気者になる奮闘記、ロボットとの恋、そして勘違いを経てからの問題解決と、一連の流れは頷けるものであった。ただ振り返ると逆転の部分を除いて記憶に残るシーンも特になく、どの部分を取ってもイマイチというか無難に面白いかもしれないがそれ以上でもそれ以下でもないという印象を受ける。個人としては物語のバランス、魅せ方、テキストにもう少し力を入れてほしかった。

 

野生的なテーマにしてはテキストがあまりにもワイルドさに欠ける

 「世界にわたしも含まれますか?」という問いかけは実に興味深い。人間(語り手はロボットだけど)のちっぽけさと世界の無情さをよく表している一文であり、永遠のテーマである「世界」と「我」を扱うという壮大な意志表明でもある。この方面の知識に疎いのであまり自信がないけど、いわゆるセカイ系の類だろうか。似たような文学作品といえば、「我」が命がけて「世界」に抗うも、何もかも失ってしまうその姿を不滅の人生の価値と讃えるヘミングウェイの『老人と海』が挙げられるだろう。対して本作は「我」が「世界」の運命に抗うことで、「世界」のみならず「我(主人公のみならず、アトリを含む一人一人の個体)」をも救うという構図である。前者は救いのない現実の残酷さともがく人間の姿に尊さを見出すのに対して、後者は絶望の中に希望と救いを求めると、コンセプトこそ決定的に異なるものの、通じるところがあるように思われる。ただ、ヘミングウェイの文章は高度に洗練されており、事象をいちいち説明せず、言葉一つ一つが簡潔でなおかつパワフルであるのに対して、本作はハードルを下げようと、だらだらと状況説明が続くシーンが多く、題材の割にワイルドさに欠けたテキストがいまいち噛み合わず、テンポの悪さを助長した一因となった。このような説明的な文体は確かにわかりやすいし活字に慣れない層に優しいが、読み手としては物語の世界に拒絶された気分に陥りやすいので、雰囲気を売るゲームにとってはかなり致命的。文豪と比較するのはナンセンスかもしれないが、もう少し奔放なテキストを期待していた。

 ただまあ、元々扱いが大変難しいテーマだし、いきなり書き手に慣れない文体で重厚な短編を書けというのも無理な話なので、無難なテキストになってしまうのも仕方あるまい。世の中なんて無難なものほど受け入れられやすいと割り切るのも企業としては悪くないが、あんな意気揚々にノベルゲームの面白さ云々を語っておいてこんなもので満足してしまうのかと思うと残念で仕方ない。

 

英訳はネイティブにわかりやすい言い回しが工夫されているものの、日本語のニュアンスを汲み取れていない誤訳が多々あるのが気になる

 ここからは英訳に対する私の感想になるが興味ないという人は飛ばしてください。せっかく英語版まで用意してくれたので合わせて読んでみた(一文一文英語と日本語を比べながら読んでいたわけではないのでご了承ください)。全体的に素晴らしい訳が多く見られるが、細かい誤訳も負けじと散見されるのが少し気になる。おそらくネイティブの手によるものだと思われるが、日本語力がやや足りないという印象を受ける。ちゃんと辞書引きながら訳してほしかったけど、まあそこそこのボリュームだから集中切れても仕方ないかな。お疲れ様。

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 まずはこの二枚のスクショをご覧ください。後者はファウストから引用した有名な一文であり、前者はおそらくそれを意識したオリジナルなものと思われる。両者は対照的な意味を表しており、それぞれ冒頭(前者)とTrue Endの最後(後者)に書かれている。しかし見ての通り、英訳は全く同じである。手抜きとまでは言わないけど、せめて両者の違いをちゃんと訳で表現してほしかった。また、前者はいいとして、せめて後者の出典を調べてほしかった。この一文の定訳は"Stay, thou art so beautiful"、又は"Stay a while, you are so beautiful"である(ドイツ語の原文では「時間」という言葉自体が出てないが、この一文自体はファウストが「至高な一瞬」に向けての発言)。ちなみに"Time is a cruel thief to rob us of our former selves. We lose as much to life as we do to death."(「時間は我々からかつての自分を奪う残酷な泥棒だ。我々は死に敗れると同じくらい時間にも敗れている」)の出典はアメリカ劇作家であるElizabeth Forsythe Hailey氏が執筆したA Woman of Independent Meansだった。雰囲気的に「時よ過ぎゆけ、おまえは残酷だ」にぴったりの訳だと思うが、流石に二枚目は擁護できない。

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 またしても冒頭で盛大にやらかした一例。少しでも英語が読める人なら手抜きだと分かるだろう。

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 意訳としてはありな気がしなくもないけど、まあなんとも言えない訳。

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 オピオイド鎮痛薬の意味がわからないからって飛ばしてんじゃないよ。あと「劇的に効果があるわけではない上」はどうしたの。

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 "No point lying around here, I suppose."(「ここらへんに寝転がっても意味ないか」)全然意味ちげえよ。英語だけ読むと文脈的に特に違和感なく前後繋がっているが、忠実に訳してくれてもよかった。

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 キャサリンが正妻だった。ブラボー。姉派大歓喜。

 とまあ、かなり序盤のスクショばかりで申し訳ない。中盤になってからいちいちスクショ取る気無くしたので割愛(序盤に比べてだいぶマシになったのは事実だしいい訳もたくさんあるのは否定しない)。どうやら訳者さんは地の文と独白が苦手みたいで、会話文のほとんどは大変上手に訳してくれた。ただ、これだけ怒涛の誤訳を序盤でいきなり見せつけられると流石に萎えちゃう。もう少し丁寧に仕事してほしかった。

 無論、好きな訳もちゃんとある。

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 そもそも英語ではLIKEとLOVEがそういう使い分けしてないから訳者さん結構悩んだだろう。個人的に名訳だと思う。ただガキが言っていいことじゃないよなこれ。

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  "Finish work"(「仕事を完成させる」)と「後始末を付ける」は違う意味なので誤訳とも捉えられるが、Finishに二重の意味をかけたと解釈すればかなり面白い訳でもある。また、ヤスダは久作先生が自分の作品であるアトリに恨みがあると勘違いしている(そもそも久作本人は登場していないので勘違いじゃない可能性も無きにしもあらずが)ので、アトリを始末することが先生の仕事の完成を意味するという身勝手な解釈をしている説もある。

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 いい訳というか、シンプルに勉強になった英訳。

 スクショ漁りながら書いてたから順番ごちゃごちゃなのはご愛嬌。

 

まとめ

 少し中途半端なところはあれど、全体的な感触が悪くない一作だった。デビュー作というのもあって、おそらく方向性はまだ定まっていないので、あまりに尖った作品は作りたくなかったのだろうか。ただ、いずれにせよ、このメンツならもう少し丁寧に作れたはずだ。まあ評価はともあれ、これからも「ノベルゲームだから、おもしろい」の初心を忘れずに、色んな題材にチャレンジして欲しい気持ちに偽りはない。

 

評価

・シナリオ&テキスト(22/35点):

   *ストーリー:13/17.5点

   *テキスト:9/17.5点

・キャラ(21.5/35点):

   *主人公:7.5/12.5点

   *アトリ:8/12.5点

   *その他:6/10点

・音楽&ボイス:13.5/15点

・絵&演出:14/15点

・合計:71/100点