夜な夜な黒魔術屋

GENERALS GATHERED IN THEIR MASSES, JUST LIKE WITCHES AT BLACK MASSES

『夏夢夜話』のすゝめ

 KIDといえば、唯心論を織り込んだ頽廃的な世界観と淡々とした語り口を武器にして、どこまでも郷愁を誘う諦念が漂うような、現実と幻想を自由に往来する道楽精神を貫き通したメーカーさん、そんなイメージがあった。さて、自分の中ではKIDを過大評価している節があるのは否めないが、それだけ少年時代の自分の心を大きく揺さぶったメーカーさんだと、こうも誇張してまでも強調したいものである。そんなKIDさんの数多の名作の中でも、自分に多大な影響を与えてくれた作品を何作かあげるとしたら、『My Merry May with Be』や『Ever17』と並んで候補の最上位に食い込でくるのが本作『夏夢夜話』。f:id:sirakumo_jabberwocky:20200711151749j:imagef:id:sirakumo_jabberwocky:20200711151754j:image

 パッケージを手に取ってみると、ジャケットの表側に描かれているヒロイン二人の睦まじげな様子が視界に飛び込む。その右下に簡素なロゴが印字されており、ロゴの真下に「Kindle Imagine Develop」という英文が綴られている。今更かもしれないが、KIDって本当に素敵な名前だなと改めて感懐せずにいられない。裏面を見ていくと、精緻に装丁された『博士の不思議な時計』という如何にも意味深な本が、それぞれの想いの葛藤を抱えていそうなヒロイン二人の背後にポンと置かれている。さらにその後ろには不気味な仮面をかぶったペルソナと、ペルソナを取り囲むように色褪せたフェルネラント(お伽噺の世界)の住民たちがずらっと並んでおり、その右には「偽りの心…くりかえす想い」というキャッチコピーの一文が載せてある。至ってシンプルなそのデザインが醸し出す味わい深い古き時代のテイストが、きっと懐古的趣味を持つ美少女ゲーム愛好家たちの内なるノスタルジーを否応なしに呼び覚ますことだろう(つまり、「古いギャルゲーによくあるパッケージ絵です」。だが、そこがいい)。

 さて話のあらすじは画像の二枚目をご覧いただければおおむねお分りかと思うがーーちなみに、ヒロイン二人のうち、左の方は氷室涼子、右の方は夏目小鳥という名前であるーー主人公がデート中にひょんなことからお伽噺の世界に迷い込んでしまう、そんな某アリスを彷彿とさせるようなメルヘンである。シナリオを執筆されたお二方はいずれも有名なライターさんで、涼子編は水無神知宏氏、小鳥編は田中ロミオ氏が手掛けている。「小娘系キャラが苦手」という水無神知宏氏が萌えキャラの描写のほとんどを田中ロミオ氏に任せた(押し付けた)とか、開発の裏にあれこれといったハプニングがあったのであろう大変面白いコンビネーションなので、本作を賞味する際にはぜひ『夏夢夜話 設定解説ファンブック』をも手に取ってみてください。

 ではでは余談はここまでにして、このゲームが放つ異色的な魅力を拙い文章でざっと紹介していこう。未プレイの方にお勧めしたいという趣旨なので、ネタバレは基本なし。

 

格調の高い文体で癖こそあるもののある意味で万人受けすると言えるシナリオ構成

 フェルネラントの住民を一人一人解剖していくようなシナリオ構成なので、ある意味群像劇とも捉えられる。一個一個のエピソードが象徴的で面白く、「死」・「孤独」・「絶望」といった難解なテーマを掘り下げながら、物語の全体像はトラウマの渦に引きずり込まれそうになったヒロインを主人公が助けるというわかりやすい構図となっており、個々のエピソードの意味が理解できずとも楽しめる、そんなある意味万人受けする作品だと言えよう。また、子供でも楽しめるお伽噺の体裁を取っておきながら、シナリオライターのお二方の文学的素養が垣間見える文章も読み応えがあって素晴らしい。どのチャプターも丁寧に作られており、寓話よろしく教訓的なエピソードが随所に散りばめられている。ちなみに、マイフェイバリットシーンは涼子編のアルルカンの住処に突入するところです。

 

萌えと非萌えの歪な共演、邪道の予定調和

 これは極めて個人的な解釈だが、先程も言及したように、「小娘系キャラが苦手」だという水無神氏がほとんどの萌えキャラの描写を田中氏に押し付けたため、涼子編と小鳥編とで登場キャラクターの特徴が異なっており、概ね萌えの小鳥編とアンチ萌えの涼子篇に分かれていると考えられる。シルフィードのような例外も存在こそするものの、涼子篇に登場するキャラクターの大半は萌え要素が見当たらない類である。対して小鳥編に関しては、アリス、レミ、シャルをはじめとするメインキャラクターは言わずもがな、脇役までこういうの好きだろ?と言わんばかりに一般的感性を持つオタクのフェチを刺激してくる。一見してこの両者は相容れない最悪な組み合わせだが、「現実」と「幻想」の境目であるフェルネラントにおいて、このような禁忌のコンボでさえ予定調和のように見える。

 

理解を要しない美的感動ーー「全体」にして「一」なるモダンアート的追体験

 ノベルゲーマーなら皆経験したことあるだろうが、面白いと思ったゲームを数ヶ月ぶりに振り返るときに、特定のシーンーー例えば、クライマックスの盛り上がりだったり、主人公の葛藤に共感する瞬間だったり、鳥肌が立つような逆転あるいは伏線回収だったりーーがやたらと鮮明に蘇って、ときには脳裏にあるゲームそのものに対する印象をさえ上書きしてしまう。それが意図的な箇所にせよ意図的でない箇所にせよ、ゲームの作り手の術中にハマってしまったわけで、ユーザーとしてはこの上ない幸せを味わっているに違いない。

 しかし『夏夢夜話』はこのような明確な「盛り上がるパーツ」を前面に押し出しているような気配があまりない。むろん物語に起承転結がある以上、「転」と「結」はある種の山場であることは否定しがたいが、本作はそれを目的としたゲーム作りをしていないと感じる。どちらかと言えば、心の歪みの象徴としてのメルヘンランド「フェルネラント」そのものを描き切った一作だと言えよう。その魅力はナイポール氏の『ミゲル・ストリート』に通じるところがあるように思われる。奇跡の大陸フェルネラント、部外者からすると何の苦痛もなく幸せに暮らしているように見える大陸の住民たち。そんな幸せの仮象のもとで一生懸命に生きている彼らのふとした気づきで生じた底なしの絶望を、我々読み手は傍観者として主人公と共に覗くことになる。しかし、あくまで冷静に、どこまでも他人行儀で、彼らの少し切ない願いに少しだけ耳を傾ける振りをする。どこか歪んでいて、なのに心臓を今にも吐き出してしまうぐらい純粋でまっすぐな思いの中に少しずつ取り込まれて、愛おしいほどダメな(もちろん素敵な部分もあるのだけれども)彼らを好きになっていく。

 そしてとうとう最後に我々読み手だけが取り残され、呆然とフェルネラントの世界に立ち尽くすだろう。一体何がそこまで自分を惹きつけているかがわからないまま、一気に最後まで読んでしまうだろう。急いで振り返ると、でたらめな話ばかりで、どうも現実味がなく、三流の手品師に騙された気分になるが、少し時間を置いてから振り返ってみたら、今度は一つ一つのエピソードが何故か少しずつ浮き彫りになってきて、現実味を帯びてくるーーそんなゲーム体験ができる作品だと思う。つまり、もっとコンパクトに言ってしまえば、「世界観」と「雰囲気」を売りにしているが、その「世界観」や「雰囲気」への理解を一切要しない抽象的な美しさを持つ作品である。ある意味モダンアート的な美意識を求める実験作で、「商業ゲームにそんな体験いる?」と疑問に思われる方もいらっしゃると思うが、少なくともこの神秘的な快感は本物だと約束しよう。

 

フェルネラントへの案内

①PS2:アマゾンで6000円前後で中古品が入手できる。

②『夏夢夜話』ソフト本体:同じくアマゾンで100円程度で中古品が入手できる(新品は多分無理だろうな)。

③PS2用メモリーカード:中古PS2を購入すると付いてくることがある。ない場合はヤフオクや駿河屋とかで漁ってみるといいかも。安いやつはだいたい500円前後。

④PS2専用HDMI接続コネクター:テレビで遊ぶなら必要ないが、モニターにつないで遊びたい場合は必須。2000円前後。

 全部で9000円前後、およそ新作一本の値段なのでかなりの出費だが、それだけの価値があるのでぜひ検討してみてください。

 またいつかネタバレありの感想を書くかもしれない。ではでは。