夜な夜な黒魔術屋

Att älska, glömma och förlåta är livets tre prövninger.

浮気という名の口実~『火箭 ゆるすまぢ』読後感~

 恋は古より歌に詠まれし壮大なテーマ。そして同じくらい長らく古今東西の文豪たちが扱ってきた、男女関係にまつわるもう一つの題材といえば、それは幸せの絶頂にある者が決して目を向けようとしないが、常に「恋」の背後に這い寄る影なる存在である「徒なり」、浮気だ。『蜻蛉日記』のようにひたすら裏切られた妻の怨念が綴られる作品もあれば、『ボヴァリー夫人』のように夫が幻滅される物語もある。『火箭』は色んな意味で後者を彷彿させる作品だった。両者の主題と背景設定は大きくかけ離れてはいるものの、勝手に間男に夢を見て勝手に破滅の道を歩むロマンチストの妻と、真面目でつまらぬ器の小さい夫の構図は極めて相似と言ってもいいだろう。

 以下はネタバレありの長文感想。

 

浮気(不倫)は罪、されど罪を問うか否かは人間次第ーー「愛する」男女が織りなす憎しみとすれ違いの悲喜劇

 妻が不倫しているかもしれない。そんな芸能界を毎日のように荒らすゴシップニュースの見出しを彷彿とさせるような疑惑の種が、咄嗟のことで私の中に蒔かれた。その瞬間から、彼女の一挙手一投足が悉く不倫妻のそれにしか見えなくなったーー

 本作を小説化するならば、あらすじをこんな風に書くかもしれない。

 最初こそ浮気シーンは全て神経質な主人公の妄想でしかなく、証拠写真のアングルもおかしかったりするので興信所の探偵に騙されているのではないかと思ったが、普通に妻が不倫をしていた。不倫現場の写真を探偵がどうやって入手したか最後まで説明がなかったし、探偵と間男がグルなのではと匂わせるようなシーンもあったが、結局はっきりしなかった。あくまで「主人公が妻の浮気に気づいた後どうする」という内容に重みを置いているので探偵の正体はどうでもいいという作者のスタンスなのかもしれない。

  さて、浮気・不倫は間違いなく現代人の我々にとって一種の「罪」、少なくとも「過ち」だろう。寂しかったから、幻滅したからといって浮気・不倫していい理由にはならない。妻は妻としての責任をちゃんと果たすべき、それが結婚という契りだ。結婚は恋愛の墓場とよく言われるのもそれが所以だろう。契りを結んだ男女は、その契りを合意の上で取り消さない限り、浮気する方に幾ら同情の余地があろうと法的には許されない。そう、「法的には」。法はいつも、冷たいものなんだ。しかし、人間は温血動物。そもそも、夫婦はお互いの過ちを許し合うために愛情を育んでいく存在であるべきではないだろうか。それとも、ひたむきな愛は報われることを前提とする感情なんだろうか。流石に後者は愛の価値を下げすぎた気がしてならない。

 

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 罪人の気持ちは罪を一度犯してみないとわからないかもしれない、これはおおむね正論だと思う。「いや、私はそんな奴らの気持ちを知りたくない」と言うとそこまでだが、それを決めるのはご自身で宜しい。許す選択は無きにしもあらず、というメッセージが探偵巨之介のこの言葉に込められているように思われる。

 面白いことに、巨之介がその結論に至るまでの思考回路は私と真っ逆だ。というのも、私は愛こそが許しの感情を生み出すと考えているが、巨之介はむしろ愛の仮面を脱ぎ捨て、愛する人を赤の他人として見ることで初めて心が穏やかでいられると主張している(ように聞こえる)。なるほど結論を決めるのは思考過程という名の作業ではなく、「アングル」なんだと改めて思った(思考が大事なのは変わらないけど)。

 だからこそ、私にはこの夫婦の物語は悲劇ではなく、むしろ喜劇のようにさえ見えるのだ。これこそ『サルテ』(前の記事参照)が華麗な技法を大量に使ってまで追い求めていた「滑稽さ」なのかもしれない。なし崩しに浮気にハマっていく罪人の妻を、正義感の強い夫が「裁こう」とするも、自分が常に罪人を裁きたがる性格こそが妻を浮気するまでに追い詰めた原罪そのものだという事実に最後まで気付かなかった。結局この夫は「浮気は悪、絶対許せない」という「アングル」でしか物事を見ることができなかった。

 

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 もちろん夫は浮気してない。ただこそこそと妻の浮気を調べ、彼女を裁くための証拠を揃えようとしただけだ。しかし皮肉なことに、それが浮気しているように見えてしまい、かえって妻を寂しくさせ、彼女の浮気を後押しする形になってしまった(妻も妻で言い訳ばかりだけど)。愛する人に対して疑心暗鬼になるもんじゃないという生々しい教訓だ。

 

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 間男が言い訳を用意してくれるのはお前を口説くためだろうに罠に引っかかるなよって突っ込みたくなるかもしれないが、ある意味正論だろう。妻が夫に求めているものなんて、「どんな自分でも構わずに愛してくれる」こと以外何があるというのか。いや、夫婦に限らず家族も正にそういう存在ではないか。罪を咎められるとしてもせめて家族にだけでも自分のことを庇って欲しいもの。甘えて何が悪いんだ。

 

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 一方、夫がどんな男かというと、妻の浮気証拠を把握していないうちはおどおどするくせに、いざ証拠を掴めたらやたらと強気で、被害妄想が激しい。もちろん間男も間男で、一人称視点の記述がないだけで、大して良からぬ事を企んでいるだろうが、少なくともちゃんと自分のことを見てくれているし、自分の苦い気持ちを、建前上だけでも理解しようとしてくれるーー幸か不幸か、よりによって彼女は夢見がちな女だ。無罪とまでは言わないが、こんな赤裸々な現実を突きつけられたら、自分が騙されていると分かっていても、心が言うこと聞かず間男に縋りたくなるのも少しは理解できる気がする。ああ馬鹿で哀れで言い訳ばかりの女だと思いつつもついつい同情してしまうのだ。

 

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 そんな夫でも、一時的にとは言え、もしかして幸せを壊そうとしているのは妻ではなく自分の方だったのでは、と考えていた。まあ、そもそも妻の金銭感覚がおかしいからって何も言わずに家計に入れる金を減らしている時点で夫としてどうなのと思うけど。せめて相談してからでも遅くないし、将来を共に過ごす相手ならこれぐらいは指摘してあげるべきだろう。それが見事に浮気の土台を作ったのはこの上なく滑稽だとしか言いようがない。

 

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 しかし結局、彼は妻の罪を許せるほどの器ではなかった。辛い涙を流したとの記述もあるが、そこまでしても妻に復讐したかった彼の最後シーンで残した言動に狂気さえ感じた。決して彼の決断を咎めたいわけではない。これはこれで正しい選択なのかもしれない。一度浮気した人は、いつかまた犯してもしまうかもしれない。しかしこれこそが妻との決定的なすれ違いだということに、彼は最後まで気付くことがなかった。どっちも頑として自分を変えようとせず、一方的に自分の主張を押し通そうとする。全く相談しようとしないくせに、ギクシャクしたらすぐヤケクソになる。それは離婚しちゃうよねって言いたくなる夫婦の悪い手本を見せられた感じ。「愛すること、許すこと、忘れることは人生の三つの試練である」というスウェーデンの諺があるが、本当にその通りだなぁとつくづく思う。

 

まとめ

 個人的に割と美里のような夢見がちな女性が好きで、レビューでも主人公(夫)を批判しているが、彼女は決して「ただの被害者」ではないということはご理解いただきたい。確かに主人公は夫失格だが、不倫に関しては彼女に責任があると言わざるを得ないだろう(少なくとも現代社会の価値観に照らし合わせた場合は)。しかし人間として夫と妻のどっちのほうが好きかと聞かれると、私は迷わず妻の方だと答えるだろう。いい意味でも悪い意味でも世俗的でありながら、時折純粋な少女の一面ものぞかせてくれる、そんな彼女にとても生きた人間の魅力を感じた。

 ただ正直に言うと、商業作品としてどの層の客を狙っているかは不明。不倫妻にざまぁしたいだけの人が読んで楽しめるとは考えにくいので、実に惜しい作品だ。

 

評価

(あくまで個人的な好みを点数化したもので、良し悪しの評価ではない)

・シナリオ:25/35点

・キャラ(30/35点):

   *夫:14/17.5点

   *妻:16/17.5点

・音楽&ボイス:12/15点

・絵&演出:14/15点

・合計:81/100点

 

【追記 2020/3/29】

批評空間の方でも長文感想を残した。よかったらそちらも読んでいただけると嬉しい(リンク先18禁注意)。

リンク↓

erogamescape.dyndns.org