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『きまぐれテンプテーション』感想+哲学における「同一性問題」についての思考

 シルキーズプラスのロープラ新作。意外とコスパが高かったのと、感想を読んでみたいって言われたので記事にしてみた。

 こんな短い導入でいいのか……?

 以下は長文感想。(ネタバレあり、ただし未クリアの人でも読めるように配慮する)

 

ゲーム性

テキストをしっかり読んでいれば難易度が低め

 攻略難易度はそこまで高くなかった。というのもヒントがわかりやすいので、ちゃんとテキストを読んでいれば正しい選択肢に辿り着くはず。一部の選択肢はほぼノーヒントだが間違った択を選ぶと明らかに「あらら、やっちゃったな」と思わせるような展開になるのですぐ気づくことが多い(そうならない箇所もあるが全体的に試行錯誤は少ない回数で済む)。しかし、こういうゲームが初めての人や、テキスト飛ばし読みしがちな人にとってはやや難しく感じるかもしれない。

考えすぎるとかえって泥沼にハマる

 きまテン攻略難易度が低い原因の一つとして、選択肢に罠が全くないことが挙げられる。ただし場合によって罠がないことが逆に罠になるかもしれない。この手のゲームは明らかに正解っぽい択を選ぶと逆にやられたりするが、きまテンは正解っぽい択をひたすら選ぶだけでトゥルーエンドにたどり着けるゲームなので、疑心暗鬼になるとかえって泥沼に陥る。

探索パートはほぼ飾りだが、手を動かす分飽きにくい

 基本的に欲しいアイテムを見つけるまで移動できないため、移動の選択肢が出なかったらまだやり終えてないことが残っているとすぐわかってしまう。探索はひたすらクリック連打。脱出ゲームのようなパズルを求める人には物足りないかもしれない。ただ、ノベルゲームのほとんどはマウスをクリックするだけなので、単調な作業に飽きさせない仕掛けとしてはかなり凝っていると思う。

攻略見たくない人へのヒント

①ノーヒントかヒントが分からなかった場合はセーブデータにメモを残す(★)

 この手のゲームは序盤の選択でも終盤になってエンディングに影響してくることがあるので分からなかった場合は必ずメモを残すように。また、分からなかった択が複数ある場合でも自分がわかるように漏らずにメモること。

②情報が多ければ多いほど良し

 知らないことでかえって助かるパターンのゲームもあるが、きまテンはそんな複雑なゲームじゃない。できるだけ情報を集めておくと良い。

③住人たちが喜びそうな発言を素直に選ぶ

 素直に選べれば住人たちの信頼を得られる。繰り返しになるが考えすぎは禁物。そんなに難しいゲームじゃない。 

④雲行きが怪しかったら一旦セーブ&ロード

 一部の選択はミスると明らかに悪い方向にストーリーが展開してしまうので、とりあえずおかしな展開を回避できるかどうかだけ確認しておくことが大事。回避できない場合はノーヒントかヒントが分からなかった択でミスった可能性が高い(単純にヒントを誤解した場合もあるが)。

 

シナリオ&キャラ一括

実質分岐なしの逆好感度システム

 選択肢が多くてエンディング数も6種に及ぶが、大まかな流れはほぼ一緒で実質分岐なしの一本道。ヒロインの好感度によってエンディングが変わるゲームが多いが今作ではその逆で主人公のヒロインに対する好感度によって結末が変わる。素晴らしい発想だが、いかんせんどのエンディングにおいても主人公は結局メロメロになっちゃうのでぶっちゃけあまり説得力がない。しかも変わると言っても脱落式のバッドエンドを除けば最後のシーンくらいしか変わらない。もうちょっとパターン増やしてほしかった。

 

ミステリー要素のためのやや強引な設定

 そもそも、アンネの件は主人公に頼らずとも葉子さんと彼女の助手だけで穏便に解決できたはずだよね。少なくとも主人公を騙さなくても、結果的に彼がアンネのことを好きになればオーライなので、わざわざ主人公を危険な目に遭わせるのはどうかと思う。実際、主人公が瘴気に飲み込まれるバッドエンドもある。いや、衝撃的な反転を用意したい気持ちはめちゃくちゃわかるけど。

 

最強イチャラブヒロイン

 この女、都合が良すぎて文句のつけようがない。

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 初対面の男にセクハラムーブをかました上でダーリン連呼。この一連の不自然な行動は一応伏線という言い逃れができるが、その伏線でさえ一周回って彼女の乱れっぷりを引き立てるための手段にすぎない(そもそもきまテンの売りポイントは除霊ではなくアンネだから)。つまり彼女は完全に消費されるための正真正銘の「ザ・エロゲヒロイン」。これ以上でもこれ以下でもない。

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 こんなん18禁ゲームとして企画の段階で成功しとるやないか。知らんが。

 

攻略される主人公

 全然ヘタレじゃないけどヘタレ呼ばわりされるアンネの奴隷。

 100%メロメロになるくせにルートによってツンツンしたりする。

 割と面白いやつ。

 

捨て駒のようなサブキャラたち

 クーリィ以外の三人はほぼ物語とグロ画像の犠牲品と言っていいくらい扱い方が酷い。というのも、明確にマザーに逆らえない理由があるのはクーリィだけで、他の三人はあくまできまテンを成立させるための駒という感じが否めない。彼女たち三人のうちに誰か一人でも違う行動を取っていたらこんな悲劇にはならなかった。百歩譲ってサリィは性格が歪んでいるので仕方ないとしても、ハーヴィーの行動はどう考えてもあり得ない。せめて弱みを握られたとか、警察恐怖症とかでもいいので彼女の行動を裏付ける決定的な理由が欲しかった。あんなオカルト宗教に傾倒するやべえ連中の言いなりになる方がよっぽど怖いもの。

 

その他の雑談

 これからツイッターで話題になっているトゥルーエンドにおけるアンネの死と復活およびその延長線上にある問題について私なりの考えを述べたいと思う。

ハッピーエンドじゃない意味はない

 そこまで主人公に言わせといてバッドエンドを作る意味はない。そもそもトゥルーエンドのテーマは【約束】だし、手帳にも約束が果たされたと書いてある。

同一性問題を拗らせられるほど素材がそろっていないが、同一性を否定できないだけの空白が与えられている

 復活と同一性問題はよく扱われる哲学問題の一つで、「アンネの同一性は保たれていない」の主張の多くは、実はヴァン・インワーゲン氏の議論に還元できる。消失したアウグスティヌスの手稿が神の力で復活したという僧侶の主張に対して、ヴァン・インワーゲンの反論は以下の通り。それは「アウグスティヌスの」手稿ではなく、「手」稿ですらない。全知全能の神であっても、起源(つまり「アウグスティヌスの手稿」の「アウグスティヌスの手」に当たる部分)は復元できない(P. van Inwagen, 1978, "The Possibility of Resurrection," International Journal for Philosophy of Religion 9)。

 しかしアンネの同一性問題はどうだろう。元々アンネの「起源」は住人たちの意志にあるという解釈をついにしがちだが、それは早合点だ。そもそもアンネが主人公に託したのは、誰の意志でもない「本当の自分(本当かどうかは別として一応原文のまま持ってきた表現を使うとしよう)」だ。つまりここで問題になるのは、住人たちの意志でない「本当」のアンネはどこから生まれたということだ。しかし、きまテンを読み通しても、この(同一性を語る上で)重大な問題についての答えが全く見当たらなかった。もし「本当」のアンネは意志の主体に依存しない思念の副産物であれば、住民たちも主人公もあくまでコンピューターの役割を担うにすぎない。言い換えれば、データの転送みたいなものだ。そしてコンピューター転送問題になると、ヴァン・インワーゲン議論を使うのは不適切と言わざるを得ない。

 同じアンネか否かという質問に答えるための材料が明らかに世界観によって供給されていない。しかし、同じアンネではないという主張を肯定できないだけの想像の余地は読者に与えられている。逆に言えば、たとえ復活したアンネが昔の記憶を持っている証拠があったとしても、二人のアンネの間の同一性をいくらでも否定できるという悲観的な事実は依然として変わらない。

 ただ、一つだけ言えるのは、きまテンの世界観の下では復活したアンネが昔の記憶を持っていてもおかしくないということだ。なぜなら、儀式の本質は人体の一部を捧げるかわりに、自らの思念を具現化させることだから。住人たちが自らの内蔵を捧げたように、主人公が自分の左腕を捧げたという事実は最後の一枚絵から窺える。あれほどアンネのことを想っている主人公の思念に、かの時の思い出が混じっていない方が不自然だろう。同じアンネかどうかは哲学者にも分からない究極の問題だが、ハッピーエンドを約束しない意味がないこの作品の結末が幸せだと信じるに値する理由は十分ではないか。

 

まとめ

 基本的に「アンネとイチャイチャするゲーム」と考えた方が良いいだろう。ホラー耐性があり、アンネとイチャイチャしたい人なら楽しめない理由はない。逆に探索パートに期待している人は少しがっかりするかもしれない。