夜な夜な黒魔術屋

感想・エッセイ・小説

『鎖-クサリ-』感想

 2005年より前に発売されたノベルゲームの中で一番プレイしてほしいなと個人的に思うのはこの『鎖-クサリ-』。かなり古いゲームで、今更感が否めないが、それだけ思い入れがある作品なので何か残したいという気持ちに駆り立てられて本記事を書いてしまった。ひたすら長い駄文だけど、最後まで読んで頂けると嬉しい。

 以下、ルートごとに感想を述べる(ネタバレ有り、ただし未プレイの人でも読めるように配慮する)。

 

共通ルート

 厳密に言うとこのゲームに共通ルートなど存在しない。一部を除いてほぼすべての選択肢はエンディングに直結するので、かなり序盤の択からすでに分岐している。ただ、シナリオの展開を大きく分ける「明乃を救うために直接彼女のいるところに向かうかどうか」という選択肢までの部分を、便宜上では共通ルートと呼んでもいいだろう。ここの選択によって、明乃が人質に取られるかどうかが変わってくる。明乃が人質に取られたなら「月の扉ルート」に、そうでないなら「夜の扉ルート」に入る。

 共通ルートは比較的に短い。主人公たちが船に乗った理由と各キャラの紹介を済ませた後にすぐ最初の事件が発生する。岸田洋一という自称研究者の男から救難信号を受け、彼を船に乗せた。しかしこの男は実は洋上で殺人事件を繰り返してきた凶悪な犯罪者だ。船員を皆殺しにして船を乗っ取る、いわゆるシージャック行為の愉快犯だ。そうと知らずに主人公たちが甲板でわいわいしながらバーベキューを楽しんでいる最中に突然の停電事故が襲う。慌てて動き出す主人公たちだが、すでに何もかもが狂っていた。失神した志乃(明乃のお母さん)がシャンデリアに吊るされている現場を目撃し、犯人は男性だと特定できたものの、友則(主人公の親友)による岸田洋一のアリバイの証言に誤導されて主人公を監禁してしまう一行。そんな中で、温和な態度を装い何食わぬ顔で船内をぶらぶらする岸田洋一はさらに行動を…一つの事件が終わったと思いきや次の事件がまた起きてしまうと、次々と恐ろしい悪夢がのしかかってくる緊張感とテンポの良さに尽きる。

 天然な幼馴染、クールビューティーなクラスメイト、ツンデレお嬢様、男勝りな年下の元気少女、ブラコンの妹、海、水着…どれもこれも王道ラブコメと思わせるような単語の並びばっかりというのに、その王道ラブコメが突如としてB級サスペンス映画へと変わり、しかも幸せの絶頂から一直線に、息を調整する余裕さえ与えないまま凄惨のどん底まで落ろうとするその勢い、まさに最高なジェットコースター。

 

月の扉ルート

 明乃が人質に取られたルートの総称。細かく数えればさらにバッドエンドをむ全十数種のエンドに分けられるが、いずれも明乃と恵の救出をめぐって物語が進行する。バッドエンドは個別で検討するので、ここでは月の扉ルートのバッドエンド以外のエンディング及び大まかな流れについてまとめて評価する(【夜の扉ルート】の評価も同じ)。

 月の扉ルートの一つの大きな見どころは、主人公を信頼しきった可憐と主人公の掛け合い。夜の扉ルートでは暴行に遭いパニック状態に陥る可憐だが、このルートでは一人前の、強い意志を持つ凜々しい女性に変容していく。物語の序盤ではあれほど取り乱していたのに、主人公と一緒に戦っているうちにだんだん成長して落ち着くようになる。一歩でも間違えたら確実に死ぬこのような極限状況下で怖くないというのは嘘だ。しかしときに焦って、ときにワガママに振る舞うことがあっても、彼女は断じて屈しない。毅然として主人公の側に立つ、ヒーローを支えるお姫様役。B級サスペンス映画でもやはり主人公とヒロインは恋に落ちる。可憐エンドはそんなに奇をてらった話ではないが、夜の扉ルートとの対比もあって、全体的に灰色の色調に染まっている本作の中では格段に輝かしく見える。あのダメなお嬢様が、ここまで変化するとは…なんて素敵な話だ。

 月の扉ルートのもう一つの見どころは、主人公側と岸田洋一の駆け引き。夜の扉ルートでは、岸田は主人公たちの策によって船底に閉じられたため、比較的に自由に動ける味方全員vs活動範囲が制限された敵一人という、直接対面が少ない防御寄りの構図となっている。対して月の扉ルートでは、味方の明乃(と志乃)・恵を岸田に人質に取られ、常に自分から攻めないといつ味方が殺されてもおかしくない状況に置かれているため、本当の意味での「一進一退の攻防戦」が繰り広げられる。中でも一番印象に残ったのは、岸田と取引するシーンだ。

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  懐中時計を渡すかわりに人質を一人解放してくれると約束した岸田だが、どっちを選らんでも必ずわざと間違えてもう一人を連れてくる。例えば恵を選んだ場合、岸田は明乃を連れてくる。まさに岸田らしい最高にイカれた嫌がらせだ。しかも主人公の前で間違えられた本人の胸を揉みながら「いやかわいそうだな、お前はそいつに見捨てられたよ」と言わんばかりの口調で主人公を嘲笑い、ちっとも悪意を隠そうとしない。それだけ主人公たちを弄ぶ自信があるということだ。恐ろしい男だ、そして何より面白い。こういう細かいところのセリフと描写でいちいち岸田の性格悪さを引き立てるのは本当に上手い。

 さらにーーこれは月の扉ルートに限ったことではないがーー小道具の用意が絶妙。ほとんどのアイテムは物語の進行を大きく左右するため、どのアイテムをどのように使うかを予想しながら慎重に選択しなければならないのは言うまでもなく、一部のアイテムはプレイヤーの予想を遥かに上回った役割を果たしてくれる。その上、同じアイテムでも分岐次第では異なる役割が与えられ、「なるほど、あのルートで命を救ってくれたアイテムがこのルートではこういう役割なんだ」とわかった瞬間、思わず鳥肌が立つだろう。その典型的な例は、まさにこの月の扉ルートの恵エンドと珠美エンドであろう。本記事はネタバレ前提だが、未プレイの人にも配慮するということで、どのアイテムがどのような役割を果たしたかについては伏せておく。しかしまあ振り返ってみればどのエンドは本当にきれいな終わり方だった。他のルートで撒き散らした伏線をたった一つの小道具で回収する形できちんと物語を内側で完結させる枕流氏のストーリー構成力には感服。

 月の扉ルートには、読者の心を強く打つ感動的な何かはないかもしれないが、物語の筋から細部の描写まで枕流氏が心をこめて仕上げた一流のシナリオであることに疑う余地がない。これは個々のシーンとシチュエーションで勝負する多くのゲームと違い、一風変わった本格的な「物語」。

 

夜の扉ルート

 明乃を人質に取られなかったルートの総称。上にも述べたように、このルートの大半は岸田が閉じ込められている状況で進行するので、月の扉ルートほど激しい攻防戦が見られない(終盤を除く)。ただ、緊張感は月の扉ルートに劣るどころか、それ以上に息が詰まりそうな雰囲気が漂う。岸田を船底に監禁することに成功した主人公たちだが、少し気を緩めているうちに事件が再び起こったーーモニターの向こうに、目を隠されながら犯される可憐の姿がいた。しかし犯人の姿はモニターに写っていない。岸田が何らかの手段を使って船底から脱出したか、それとも味方の中に裏切り者がいるか、神出鬼没の岸田の潜伏を恐れつつ味方への不信を募らせるという、疑心暗鬼に陥った主人公たちの言動を中心に描くルートとなっている。

 このルートを支える三人のヒロインは、月の扉ルートで人質に取られた恵と明乃、および月の扉ルートで大して活躍できなかった妹のちはやである。まあバランス的に妥当だと言えるだろう。この三人のうち、恵は聡明で常に先走って物語の先導役として働いてくれるが、いつも損得勘定ばかりで動く。妹のちはやは唯一主人公を信じ切った味方だが、彼女の兄に対する愛情は病気レベル。この二人の行動原理をいざ振り返ってみると思わず背筋が凍るだろう。一人は自分勝手な正義を振りかざし、もう一人は盲目的に主人公だけを信じ続ける。どれも道を踏み外したら勝手に自滅する地雷であり、ちはやエンドに至ってはもはや狂気としか言いようがない。しかし、物語を読んでいると、不思議にも彼女たちのことが嫌いにならない。対照的に、温和な性格で常におどおどしていて、二人に比べてかなり健常者寄りの明乃の方に違和感を覚える人の方が多いのではないだろうか。そして明乃エンドの終盤になってくると、ようやくその不気味な場違い感の正体が明らかになる。

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 明乃のエゴを垣間見る夜の扉ルートの名シーン、「半分でいいからあたしも恭ちゃん欲しい」。他の味方5人が岸田に捕らえられ、残り三人で彼らを助けに行かないといけない状況で、あの善良な明乃が最優先で考えているのは「恭ちゃん(主人公)を恵に渡したくない」とは誰が想像できたのだろうか。好意的に捉えれば、彼女の無邪気さの現れとも言えるかもしれないが、基本的に彼女が抱えているコンプレックスを垣間見るシーンとして見るのが普通だろう。初めてここを読んだとき、本当にいい意味で裏切られた気分だった。ただ、「明乃の本性=空気を読めない自己中なアホ」と早合点してはいけない。このシーンあくまで彼女という人間の一面にすぎない。

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 夜の扉ルートのかなり序盤のシーン。珠美と可憐がいたぶられる場面をモニター越しに目撃した明乃の呟き。どのサスペンスものにも登場しそうな、平和だの夢だの仲間だの信じようとか言いつつ現実から逃避しようとするポンコツ役のテンプレと言えよう。そして勝手に混乱に陥って初手で敵にやられるまでが基本的な流れ。まあ実際月の扉ルートはこのパターンに沿って作られたんだろう。対して夜の扉ルートはもしこういう役が最後まで生き残ったら?という話。ここでの会話だけ読むと、例のシーンでの彼女の豹変ぶりに驚くのも無理もない。しかし、この変化は唐突なものではなく、夜の扉ルートを通読した人ならむしろしっくりくるような気持ちにさえなるだろう。

 明乃を描く文章の大半は、彼女の優しさと天然さを示唆している。しかしだからこそ、閉鎖されたこの歪んだ舞台で、周りの人の中に潜んでいる人間的な部分に埋もれていた魔物が顕になりつつあるのを目の当たりにして、彼女は衝撃を受けたのだ。生き延びるためになんでもしちゃう恵、必死に兄にだけ縋るちはや、どいつもこいつも動物的な衝動に駆り立てられているのではないか。しかしこの二人と違って、明乃は遠慮しがちだ。それは人間の社会の美徳、少なくとも日本の社会の美徳だろうが、残念ながら洋上世界ではそんな美徳は通用しない。だから彼女はおどおどして、自分が何をしたいかわからないまま、動かされてばかりだ。彼女の言動から感じたその場違い感はむしろ彼女が文明社会を生きてきた証とも言えようーーそうとも、いきなりこんなデタラメな舞台に慣れろと言われても、そんなに簡単に慣れるものか。おかしいのは明乃ではなく、むしろすんなり慣れた恵とちはやの方ではないか。しかし時間が経つにつれて、周りの人の狂った振る舞いに流され、彼女は混乱し、不信に陥った。友達だから信じてあげればよかったのに、そこは彼女の生々しい人間臭いところだ。信じよう信じようと、何度も自分に言い聞かせても、結局信念を貫くことができないのだ。まさしく最初の事件が起こった時に、大好きな恭ちゃんを信じていられなかったように。

 明乃の性格はどこまでも両義的で矛盾だらけだ。彼女の優しさのどこかに不純物ーーそれは利己的な悪意にせよ単純なる自己防衛にせよーーが紛れているように思われる。彼女は主人公に好意を寄せ、主人公の前で媚びるような声を度々上げる。できるだけ愛嬌を振りまいて、主人公を独占したい、守ってもらいたい、そんな欲求は抑えても抑えきれない。だからこそ自分の異常さから目をそらそうとして、「悪夢だ」と自分に言い聞かせ続けているかもしれない。その言い訳は麻薬の如く彼女の心に刹那的な安らぎと幸せを与え、彼女をさらに大胆にさせていく。それが、物語が進展するにつれてだんだん膨張し、とうとう主人公と恵の関係に耐え切れず暴走してしまうハメに。

 …とまあ、幾許か私の妄想が混ざっていることは否定しない。明乃に関しては「萌えゲーのヒロインを否定するメタファー的な存在」という一般的な解釈も存在するが、ネットで検索すればいくらでも出てくるのでここでは割愛。

 月の扉ルートは魔物と戦う物語だとすれば、夜の扉ルートは主人公たち自身が魔物になる物語。その性質上、物語そのものよりも登場人物のキャラの濃さの方が遥かに印象に残る。恵もちはやも無論魅力的なヒロインだが、人間らしさとインパクトの強さといった側面ではどうしても明乃に一歩劣ってしまう。

 

バッドエンド

 数十種に及ぶ主人公の死に方が見られて大満足。即死型の選択肢もあれば、ノーヒントでかなり終盤になって初めて影響してくる選択肢もあるため、攻略の難易度が高め。そのため印象に残るバッドエンドも多い。中でもとある条件を満たさないと背後から某ヒロインに殺されるバッドエンドと動画流出エンドがとりわけ好きだ。一通りプレイすれば岸田という男の恐ろしさ(と魅力)が十二分わかってくる。相当時間かかるだろうが、初手攻略サイトは非推奨。

 強いて文句を言うなら味方にやられるパターンを増やして欲しかった。

 

その他

 まずは友則。いい仕事してくれた親友役。主人公は現実味の薄いヒーローであるのに対して、友則は欲望まみれの生身の人間。人として好きになれるかどうかはともかく、登場人物としては拍手を送りたい一人。

 各エンドの締め方も上手い。上に述べた月の扉ルートに限らず、ほとんどのエンドは船から脱出した後のことについて全く触れていない。「あくまでこれは洋上殺人鬼と戦う少年少女の話」というスタイルを貫くところには好感が持てる。中には思わせぶりの台詞を残して終わるエンドがあれば、無言のままぽんと一枚のCGだけが出てくるエンドもある。これからどうなっちゃうの?と読者は勝手に想像するだろうが物語はそこで幕を閉じる。「めでたしめでたし」でもなければ「かなしいかなしい」でもない激しい戦いが終った直後の、何もかもが凍える沈黙の時間がひたすら流れる。この虚無感がたまらない。

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 まだたくさんの問題が残っているが、物語が終わった以上読者の想像に任せるしかない、というメッセージだと思われる。それをよりによって岸田に語らせるのはずるい。

 

まとめ

  トリックを使うなり超展開で読者を驚かすなり初回プレイ時のインパクトに重点を置くゲームが多い中、『鎖-クサリ-』はそういった要素にほとんど頼らず、ただ淡々とストーリーを語り、正々堂々と勝負をしかけてくる。それでも面白いし何回読み返しても味が濃い。まさに「物語」を味わえる傑作と言える。

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 岸田くん畜生すぎてイケメンすぎる。

 

評価

(あくまで個人的な好みを点数化したもので、良し悪しの評価ではない)

・シナリオ(32.5/35点):

   *共通ルート:5/5点

   *月の扉ルート:9.5/10点

   *夜の扉ルート:9/10点

   *バッドエンド:4.5/5点

   *攻略の楽しさ:4.5/5点

・キャラ(31/35点):

   *香月 恭介(主人公):3.5/4点

   *折原 明乃:4/4点

   *綾之部 可憐:3.5/4点

   *綾之部 珠美:2.5/4点

   *片桐 恵:3.75/4点

   *香月 ちはや:3.75/4点

   *早間 友則:4/4点

   *岸田 洋一:4/4点

   *折原 志乃(脇役):2/3点

・音楽・ボイス:14/15点

・絵:13.5/15点

・合計:91/100点