夜な夜な黒魔術屋

GENERALS GATHERED IN THEIR MASSES, JUST LIKE WITCHES AT BLACK MASSES

『鎖-クサリ-』のすゝめ

 サスペンスものの楽しみ方は人それぞれだけど、わたしの場合は恐怖感と嗜虐心の格闘に苛まれるスリルを味わうことだ。なんて物騒な言葉を使っているけど、別に好戦的な人間ではない。しかし、サスペンスものは確実に人が持つある種の内なる野性を解放してくれる。そのことを教えてくれたのは『鎖-クサリ-』というゲームだ。外界からの連絡が途絶えた船上で、殺人強姦事件の冤罪の容疑者として拘束された主人公の視点を通して、絶対的な力として君臨する真犯人によってもたらされる恐怖をモニター越しに覗き見する、というかなりとち狂ったコンセプトだが、プレイしていると案外まともなストーリーだとわかる。

 以下、ネタバレありの感想と、狂気を恐れずに深淵を覗きたいものを誘うために綴った駄文。

 

共通ルート:ラブコメとB級ホラーは表裏一体

 厳密に言うと『鎖-クサリ-』というゲームに共通ルートなど存在しない。ほとんどの選択肢がエンディングに直結しているため、かなり序盤からすでにルートが分岐している。しかし、物語の展開を大きく分ける「とある選択」がなされるまでの部分を、ここでは便宜上「共通ルート」と呼ぼう。その「とある選択」によって、ヒロインの一人である明乃が人質に取られた場合は「月の扉ルート」に、そうでない場合は「夜の扉ルート」に物語が突入してしまう。

 共通ルートは短め。主人公たちが船に乗る経緯や各キャラの紹介を済ませた後に最初の事件がすぐ起きてしまう。岸田洋一という自称研究者の男から救難信号を受けた主人公一行は、善意から彼を船に乗せることになる。しかし、この男は実は洋上で殺人事件を繰り返してきたシージャックの愉快犯であった。突如の停電から衝撃的な凌辱性暴行事件の現場に遭遇した一行が、岸田のアリバイ工作によって容疑者として主人公を拘束してしまう。そんな中で、温和な態度を装い何食わぬ顔で船内を闊歩する真犯人である岸田洋一はさらなる行動を……一つの事件が終わったと思いきや次の事件がまた起きてしまうという、次々と恐ろしい悪夢が襲い掛かってくる緊張感とテンポの良さに共通ルートの全てが詰まっている。

 天然な幼馴染、クールビューティーなクラスメイト、ツンデレお嬢様、男勝りな年下の元気少女、ブラコンの妹、海、水着、バカンス…王道ラブコメと思わせるような単語の並びから突如としてB級サスペンス映画へと変わり、しかも幸せの絶頂から一直線に、息を調整する余裕さえ与えないまま凄惨のどん底まで落ろうとするその勢いは、まさに最高なジェットコースター。

 

月の扉ルート:危機一髪の救出劇

 月の扉ルートの大きな見どころの一つは、可憐(ヒロインの一人)と主人公の恋愛模様の描写。極限状態での主人公との恋を通して、いつも機嫌斜めで豆腐メンタルなお嬢様である可憐は、強い意志を持つ一人前の凜々しい女性に変容していく。一歩でも間違ったら確実に死ぬような窮地に追い込まれていながらも、ときには焦り出したり、ときにはワガママに振る舞ったりするも、終始毅然として主人公の側に立つ、そんな騎士を支えるお姫様役。B級サスペンス映画でもやはり主人公とヒロインは恋に落ちる。可憐のストーリーはそれほど奇をてらったお話ではないが、全体的に陰鬱な色に染まっている本作の中では格段に輝かしく見える。

 月の扉ルートのもう一つの見どころは主人公と岸田の駆け引き。夜の扉ルートでは、岸田は主人公一行の策によって船底に閉じられてしまうため、「比較的自由に動ける味方全員vs活動範囲が制限された敵一人」という、直接対面が少ない構図となっている。対して月の扉ルートでは、味方の明乃(と志乃)・恵を岸田に人質として取られている以上、常に積極的に行動することが求められるため、本当の意味での「一進一退の攻防戦」がこのルートで繰り広げられます。中でも一番印象に残ったのは、岸田との取引のシーンだ。

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  懐中時計を渡すかわりに片方の人質を解放してくれると約束する岸田だが、必ずわざと間違えてもう片方を連れてくる。しかも主人公の前で人質の胸を揉みながら「いやかわいそうだな、お前はそいつに見捨てられたよ」と言わんばかりに主人公をコケにする。こういう細かいセリフ回しでいちいち岸田の性格悪さを引き立てるのは本当に上手い。

 月の扉ルートのエンディングにチープさを感じる人もいるかもしれないが、そこに至るまでの流れはごく自然で、大変よくまとまっている。エンタメとしては十分すぎるクオリティであることは間違いなし。不必要なネタバレになるので多くは語らないが、撒き散らした伏線をたった一つの小道具で回収できる枕流氏のストーリー構成力は流石としか言いようがない。

 

夜の扉ルート:洋上の百鬼夜行

 先程も軽く触れているが、夜の扉ルートの大半は岸田が閉じ込められた状態で物語が進行する。が、緊張感は月の扉ルートに劣るどころか、それ以上に息が詰まりそうなものを感じる。岸田を船底に監禁することに成功した主人公一行だが、少し気を緩めているうちに事件が再び起きてしまう。岸田が何らかの手段を使って船底から脱出したのか、それとも味方の中に裏切り者がいるのか、神出鬼没の岸田に恐怖を覚えつつ味方への不信を募らせるという、疑心暗鬼に陥った主人公たちの言動を繊細なタッチで描いたルートである。

 このルートを支えた三人のヒロインは、月の扉ルートで人質に取られた恵と明乃、および月の扉ルートで大して活躍できていない妹のちはや。三人のうち、恵は聡明で常に先走って物語の先導役として働いてくれるが、いつも損得勘定ばかりで動く。妹のちはやは唯一主人公を信じ抜く絶対的な味方キャラだが、彼女の兄に対する病的な恋愛感情に背筋が思わず凍る。しかし物語を読んでいると、不思議にも彼女たちのことが異常のようには思えない。むしろお人好しで、常におっとりしている明乃に違和感を抱く方の方が多いのではないだろうか。そしてとあるエンディングの終盤になってくると、その不気味な場違い感の正体がようやく明らかになる。

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 明乃のエゴを垣間見る、「半分でいいからあたしも恭ちゃん欲しい」という台詞。味方5人が岸田に監禁されている状況下で、明乃が最優先に考えているのは「恋のライバルに負けたくない」ことだった。この呆れるほど単純な「ひたむきさ」こそが彼女の抱えているコンプレックスの根幹にある哀れな性格そのものだと言えるだろう。ただし、「明乃=空気の読めない自己中なアホ」と早合点してはいけない。

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 珠美と可憐がいたぶられているところをモニター越しに目撃した明乃の台詞を取り上げるとしよう。このやりとりを見て、読者の目に明乃がどのように映るのだろうか。やや誇張した台詞回しを抜きにすれば、彼女はとても「普通」だと、少なくとも私は思う。まあ殺人鬼に追っかけられているわけだから。

 このように実は明乃を描く文章の大半は、彼女の「平凡さ(とポンコツぶり)」を示唆しているように思われる。だからこそこの閉鎖された歪んだ舞台で、人の中に潜む泥臭い獣的な部分が顕になりつつあるのを目の当たりにして、彼女が衝撃を受けるのも必然であろう。生き延びるためになんでもしちゃう恵、必死に兄にだけ縋るちはや、どいつもこいつも本能的な衝動に駆り立てられているのではないか。しかし二人と違って、明乃は遠慮しがちな「普通」の現代っ子だ。そして残念なことに、魔の潜んだ閉鎖的な洋上世界ではそんな人間社会の建前など通用するはずがない。だから彼女はいつまでも踏み切れず、好きな人に自分の気持ちを打ち明けることもできず、何がしたいかわからないまま、流されるばかりだ。彼女の言動から感じ取るその場違い感はむしろ彼女が現代社会を生きてきた証とも言えるだろう。いきなりこんなデタラメな舞台に慣れろと言われても、「普通」は「とても困ります」と言うわけだ。

 そして「半分でいいからあたしも恭ちゃん欲しい」という台詞は、抑圧されてきた彼女なりの「悪あがき」だ。しかし不幸なことに、その「悪あがき」でさえ、ただ好きな人と結ばれたいという、「普通すぎる」願望だった。弱肉強食の法則が支配するこの無情な洋上世界において、このようなひ弱な反抗が到底許されるはずもないことを、彼女はとうとう理解できなかった。明乃というキャラクターから、私は「社会に隷属する人間」という器に束縛された原初的な獣性を、解き放とうにも解き放てないごく一般的な、哀れで愛おしい現代人像を見出した。

 とまあ、幾許か私の妄想が混ざっていることは否定しない。しかし、明乃が象徴するような現代人像は決して悪くないということを最後に皆さんに断っておかねばならない。それだけ明乃が生きてきた日常が平和に満ちているというわけだ。そしてそのような日常はまさに、我々が常々求めてやまない幸せそのものではなかろうか。

 ……というのは、明乃に幸せになって欲しいオタクのわがままだけど。明乃に関しては「『萌えゲーのヒロインへの風刺』として描かれるメタファー的な存在」という一般的な解釈もあるようだが、ググればいっぱい出てくるのでここでは割愛。

 むろん、恵もちはやも魅力的なヒロインであることは否定し難い。しかし、ちょっとしたセリフで、こんなにも人間の聖性と滑稽さがひしひしと伝わってくるキャラはやはり別格だと言わざるを得ない。つまるところ何を言いたいかというと、明乃は名実ともに本作のパッケージヒロインで間違いないと。

 月の扉ルートは魔物と戦う物語だとすれば、夜の扉ルートは主人公たち自身が魔物になる物語である。

 

その他:おおむね満足

 まずは友則について。いい仕事してくれる親友役だった。主人公はやや現実味の薄いスーパーヒーローであるのに対して、友則は全身の穴という穴から腐臭が出るほどの生身の人間だ。人として好きになれるかどうかはともかく、登場人物としては拍手を送りたい。

 そして、各エンディングの締め方も大変素晴らしい。ほとんどのエンディングは船から脱出した後のことについて数行程度の言及に止まっている。「あくまで洋上殺人鬼と戦う少年少女のお話」というテーマを貫くところに頗る好感が持てる。中には思わせぶりの台詞を残して終わるものがあれば、無言のままぽんと一枚のCGだけが出てくるものもある。これからどうなっちゃうの?と読者は勝手に想像するだろうが物語はそこで幕を閉じる。「めでたしめでたし」でもなければ「かなしいかなしい」でもない激しい戦いが終った直後の、何もかもが凍える沈黙の時間がひたすら流れる。この虚無感がたまらない。

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 まだたくさんの問題が残っているが、物語が終わった以上読者の想像に任せるしかない、というメタ的なメッセージのように思われる。これをよりによって岸田くんに語らせるのは面白い。

 

まとめ

  「逃走」と「闘争」。本作の二つのキーワードにして、文明的な人間社会から隔絶されたものが直面しなければならない表裏一体の原初的衝動。よくもこんな恐ろしく素晴らしいゲームを作ってくれた。ありがとうLeaf。

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評価

(あくまで個人的な好みを点数化したもので、良し悪しの評価ではない)

・シナリオ(32.5/35点):

   *共通ルート:5/5点

   *月の扉ルート:9.5/10点

   *夜の扉ルート:9/10点

   *各種エンディング:4.5/5点

   *攻略の楽しさ:4.5/5点

・キャラ(31/35点):

   *香月 恭介(主人公):3.5/4点

   *折原 明乃:4/4点

   *綾之部 可憐:3.5/4点

   *綾之部 珠美:2.5/4点

   *片桐 恵:3.75/4点

   *香月 ちはや:3.75/4点

   *早間 友則:4/4点

   *岸田 洋一:4/4点

   *折原 志乃(脇役):2/3点

・音楽・ボイス:14/15点

・絵:13.5/15点

・合計:91/100点